著者自身は類稀なる能力の持ち主ではあるが、日産を含めた自動車業界は斜陽産業から脱せません
「GT-R」という新たなアートを作り出した水野氏の経歴と考え方をまとめた本。
入社時のアウトローぶりや、その後期せずして任されたグループCというレースカテゴリーの監督で劇的な成果を残しフェアレディZの開発を経てGT-Rという世界でも認められたブランドを作り上げたことは驚愕に値します。
またその過程でいわゆる「逆張り」の考え方を実行し、その上で結果を出したことは、学ぶことが多かったです。
ただし、元気な頃の日産が良かったのは「一般にも手に入れられる、スカイラインGT-Rが大活躍していた」ことであり、平均給与の2倍の価格もする「特別な車」では無かったのではないでしょうか。
またかつて(たぶんNHKのプロジェクトXにて)「フェアレディZ誕生秘話」を放送していましたが、ポイントは「社内の日の目を見ないプロジェクトで、秀逸なプロダクトを作り上げた」ことでした。
決して現在の「必勝体制のもと、社運をかけて開発された」フェアレディZではありません。
日本企業の悪いところですが「社運をかけて開発」した暁には、毒でも得でもない意見が山ほど盛られ結果として「ツマラナイクルマ」が量産されます。
少なくとも現在のフェアレディZやNISSAN GT-Rには、なんの魅力も感じません。
庶民が欲しいのは「アート」ではなく「コモディティとしてカッコよく、リーズナブルな車」なのではないでしょうか?
豊田章男氏の本のレビューでも書きましたが、車業界が戦っている相手は自社や同業他社ではなく「ケータイとの可処分時間の奪い合い」です。
「世界一の性能のクルマを芸術品として、競合他社よりも割安で作りました。エッヘン」と考えているようでは、未来はありません。
これからCASEが加速し、エンジンが絶滅し、ITが進んだ10年後には「想定されなかった業種が」自動運転のクルマを量産し、チープで免許の必要の無い「ミライノクルマ」が公道の覇権を握ります。
かつてのオーディオ業界が「技術をアートにまで消化させた挙げ句に消滅した」のと同じく、マニアにしか受けないものを嬉々として作っているようでは、残念ながら日産を含めた公道の既得権益を握る、現在の自動車業界はこのまま衰退していくと思いました。
自動車業界のあり方については手厳しい意見を書きましたが、本書の著者の考え方と仕事の進め方は参考になりました。評価は★3つ。
(書評の評価はamazon掲載時のものを転載しています。星は最大5つです。)